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【お別れ】フェレットさんがお空へ、最期のときのお話。

かわいいかわいいフェレットさん、先週お空へと旅立ちました。

約8年8か月、りっぱに生き抜きました。

フェレットさんがお空へ旅立って1週間が経ち、気持ちも落ち着いて、いろいろブログにも記してきたので最期のご報告をと思います。

▼2020年春頃から1年間ほど病状や介護について記してきました

目次

亡くなるまでの1週間の様子

この写真の数日後には尻尾の赤みが広がってました(´;ω;`)

最期の1週間ほどは、下半身まひによる排泄物の垂れ流しで、股とお尻周りがかぶれて、皮膚が赤く、ぐちゅぐちゅになってしまっていました。

拭いてあげても痛そう、洗ってあげても痛そう、動物病院からもらった薬を塗っても痛そうという状況で見ていても辛かったですね。

そういう痛々しい状況ではありましたが、ごはんはよく食べ完食していたのが救いでした。

亡くなる1日前・当日の様子

亡くなる1日前から食欲がなくなりペロペロと一口、二口ちょっと食べては、残している状態でした。

今思うと、この段階でシリンジちゃんと食べさせてあげればよかったなととても後悔しています。

次の日の朝には力は入らず、ごはんも自力では食べれない状態。5mmシリンジ2~3本分を食べさせてその日は仕事へ出ました。

夫が、昼ごはんをあげようとするも口は開かない状態で「もうダメかも…」となっていたそうです。

私が帰ってからもごはんや、アイソカルにシロップを混ぜたもの、フェレットバイト。水など口に入れられそうなものをがんばってシリンジで給餌しようとしました。

もう今日が最期だろうと思ったので、せめておなかがすいている状態では逝かせたくなかったのです。

フェレットさんは口を開けることもできなかったので、すきまから液体をながしいれていきました。

途中何度か目を見開き、発作に苦しんでいる様子が可哀そうでもう無理させるのはやめようと思い、無理やり食べさせるのはやめました。

まだ息はしていても、身体が冷たくなっていたので温めようと暖房をつけ、私が手を置いてあげて温めてあげていました。

まだ元気だったころのフェレットさん

ハンモックが大好きだったので、ハンモックの上にのせてあげてその上から手を置いて温めてあげている間に私は寝てしまいました。

夫が帰ったとき、私はフェレットさんに手を置いて寝ていて、フェレットさんもまだ息がありました。

少し起きて夫と会話していると、いつの間にかフェレットさんはもう息をしていませんでした。

持ち上げたとき、まだ温かくて、私の指から伝わる鼓動なのかフェレットさんの小さな心臓がまだ動いてるのか分からなくて、眠っているように静かでした。

最期の最期までととても良い子で静かに逝ってしまいました。

いま考えればなくなる当日の朝の時点で、もつかわからない状態だったのに、ちゃんと私たち2人が帰ってくるのを待ってくれていました。ありがとうね。

2日後に埋葬

後日、私の実家に帰り、お庭に埋めてあげました。

私の実家の家族もフェレットさんのことが大好きだったので一緒にお別れしてくれました。

最期のお顔も寝ているみたいで、お顔に土をかけてあげるのが心苦しかったですね。

フェレットさんがいってしまってから、ちょうど1週間が経ちました。

思い返せばこの約9年間とても楽しい時間をフェレットさんと過ごしてきました。

顔面が良すぎるフェレットさん

晩年は、毛も抜けてとても瘦せてしまっていたのですが、お顔みたとき小さいころからずーっと変わらないかわいいお顔のままで、最期の姿もかわいくて仕方がありませんでした。

私は性格がひん曲がっていて斜に構えた節があるのですが、素直に「天国があればいいな」と心から願い涙がぽろり。

フェレットさんめっちゃいい子だったから、心配はしていません。

あたたかくて、おなかいっぱいで、元気に走り回れるように心からお祈りしています。

今は思い出に慰められています。まだ、しばらくは近くにいる気がします。

▼元気のないフェレットさんのためになりますように

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